子供3人いて3年間ずっと一食の生活だった母子家庭


これは4年前や3年前の状況ではありません。3.11の被災地の仮設住宅に住む母子家庭の現在の状況です。(2015年3月)こういった母子家庭にはどこからも支援がなく、私たちだけが月に1回訪問して、話を聞き相談に乗り、食材を届けているだけです。3.11の被災地でこういった母子家庭を直接訪問し、支援しているのは私たちだけだそうです。(岩手県職員の話では)これは他の途上国の話ではなく、豊かな国、日本の本当の話です。
自分が死ねば息子を大学に進学させられたのにと話すシングルマザーも

3.11の津波でお父さんを亡くした母子家庭にはいくつもの支援があります。しかし、離婚家庭には何の支援もありません。さらに日本では離婚してもお父さんが養育費を払うケースがほんの二割だけです。東北エリアでは離婚するとほとんどのシングルマザーは実家に戻ることが多いのですが、実家の家が津波で流されたり、祖父母が津波で亡くなったケースが多く、経済的にも子育てでも頼れなくなったシングルマザーが多いのです。津波の被害にあったシングルマザーの7割程度は月収7~8万円程度の収入です。(都心では20~30万円くらい)

こういった母子家庭には何の支援もありません。震災遺児にある様々な支援がそれ以外の母子家庭には一切ないのです。中には「私が死ねば息子を大学に行かせられたのに」とつぶやくシングルマザーもいました。


学校で使う体操着などを買ったら普段着や靴は何も買えない。小さくなった靴のかかとを踏ませて履かせている。服は支援物資できた小さめの大人用の服を着せている。中には子供を3人抱え、パート3つ掛け持ちで働いているシングルマザーも。



学校が津波で流され、仮設住宅と学校が遠くなり、ほとんどのお母さんは学校への送り迎えが大変になりました。いったいいつ、子供と過ごせるのでしょうか?


子供3人、3年間ずっと一食の生活だった母子家庭

お母さんは糖尿病があり、10歳の女の子は片目は義眼、耳もあまり聞こえず知的障害もあります。都心と違ってその子を預けられる学校もなく、震災前は在宅の仕事で月20万程の収入がありましたが、震災の影響で月4万に。仮設住宅に入ってほんの短い間だけ支援物資の提供がありましたが、その後はほとんどなく、私たちが出会った2014年8月までの3年間、ほぼ一日一食の生活をしてました。この母子家庭にはどこからも何の支援もありません。私たちが月に一度様子を見に行って食糧を提供しているだけです。

小さな子供を育てながら仕事をし、痴呆のひいおばあちゃんの介護をするシングルマザー

津波で痴呆のひいおばあちゃんの介護をしていたおばあちゃんが亡くなって、小さな子供を育てながら仕事をし、痴呆のひいおばあちゃんの介護をしながら働いています。仮設住宅の鍵を閉めても自分で鍵を開けて徘徊してしまうので、一日に何度も様子を見に職場と仮設住宅行き来します。「寝たきりのご老人」だと公的施設に入れやすいが、働ける人は後回しになってなかなか入れないというのが日本の介護施設の現状です。このひいおばあちゃんも順番待ちで、施設に入れない状態です。この母子家庭にはどこからも何の支援もありません。私たちが月に一度様子を見に行って食糧を届けているだけです。他にも同じような生活をしてきたシングルマザーは何人かいて、介護が終わった途端に“ウツ”になってしまった人もいます。




例えば、母子家庭一世帯に対し
月3000円で出来ること
月1回の食糧支援と戸別訪問
月10000円で出来ること
月2回のパソコン指導

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